PC業界というのはハードウエアとソフトウエアを両輪に、それぞれの技術の進歩を機動力にしてグイグイと巨大な尺取り虫のように進歩を続けています。
複数の企業がプレーヤーとして参加し、その進歩の勢いは凄まじいものがあります。例えば、10年前に40万円近くで売られていたPCは今や使えないカスなわけで、端で見ているユーザーには実に楽しいレースであります。
まったくユーザーにとっては漁父の利、娯楽のようなものです。
複数の企業がプレーヤーとして参加し、その進歩の勢いは凄まじいものがあります。例えば、10年前に40万円近くで売られていたPCは今や使えないカスなわけで、端で見ているユーザーには実に楽しいレースであります。
まったくユーザーにとっては漁父の利、娯楽のようなものです。
そんな業界の中でいつも中心にいる主役商品であるパソコンは当然脚光は浴びるものの、いつも使い捨ての道具でした。
毎日の仕事や遊びに使い倒される運命にあります。あっちこっちのメッキが禿げ、地のプラスチックが見えてきて、年季を重ねても風格など無く、まるでくたびれたボロぞうきんの様になってしまいます。3、4年も経てば時代遅れの老いぼれです。
使えればOK、愛着ゼロ。
私などは便利に使いながらも、2、3年の付き合いだなという意識がいつも頭の片隅にあります。
学生時代からパソコンはDOS/V機。その後、仕事でも家でもPCはwindows PCを使ってきました。
要するにアップルには縁が無かった訳ですが、3年ほど前からiPhoneを使うようになってアップルとの付き合いが始まりました。その心地の良いユーザーインターフェイスにすっかり魅了されてしまいました。
さらに当然の流れとして(本人はそう思っている)数年後にiPadを買ってしまいました。
去年、子供がiMacを使い始めました。常々そのデザイン性には驚きに近いものを感じていました。これは所謂windows PCに見られる、使い捨てPCとは違う思想で作られていると改めて思いました。
最近になって、ついにMacBOOK Airを自分用に買ってしまいました。
windows PCに感じなかった愛着を感じます。
windows PCの安っぽさはありません。
金属をベースにした筐体は削りだしで作られており、プラスチックで安く作ってしまおうという発想がありません。
長く使われることを想定して設計されていると私は思います。
裏側を見てください。
windows PCの裏側は、バッテリーやメモリー増設用の蓋がツギハギのように並んでいて、言ってみれば舞台裏のような状態です。
一方macbook airの裏側にはデザイン的な意味で隙がありません。十分に美しいです。見られることを意識したデザインになっています。
このMacBook Airがいつまで使えるのか分かりませんが、アップルの思想を堪能してみたいと思っています。
ありがとうございます。
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